大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(モ)21721号 決定

申立人 利谷吉長

被申立人 株式会社田代金属興業

主文

申立人の申請を却下する。

申請費用は申立人の負担とする。

理由

本件申請の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

記録によれば、申立人を債権者とし、被申立人を債務者とする当庁昭和四二年(ヨ)第一〇、一八〇号不動産仮処分申請事件において「債務者はその所有名義の別紙目録〈省略〉の不動産について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない」という仮処分命令がなされ、右命令は登記簿に記入されたところ、被申立人(債務者)から右命令に対する異議の申立がなされ、当庁同年(モ)第二四、九五二号不動産仮処分異議事件として審理の結果、昭和四三年八月二四日言渡の仮執行宣言付判決により右命令は取消され、右仮処分登記についても同月二六日抹消登記がなされた。申立人(債権者)は右判決に対し東京高等裁判所に控訴すると共に右判決の執行の停止を求めたところ、同月二八日、同裁判所昭和四三年(ウ)第八四〇号をもつて、右仮執行宣言付仮処分取消判決の執行は申立人において保証として金五〇〇万円もしくはこれに相当する有価証券を供託したときは仮処分異議控訴事件の判決があるまでこれを停止する旨の執行停止決定を得た。そこで申立人は同月三〇日右保証として金五〇〇万円を供託したことは明らかである。

よつて判断するに、一般に、民事訴訟法五一二条、五五〇条、五五一条等に規定されている執行停止または既になしたる執行処分の取消とは、いずれも執行手続の終了前に限つて許される事柄であり、一たん執行が終了した後においては、もはや執行停止または執行処分の取消をなす余地はないのである。

これを不動産に対する処分禁止の仮処分についてみれば、この仮処分命令の執行は登記官をして登記簿にその禁止の趣旨を記入せしめることによつてなすのであり(民訴七五八条三項、七五一条)、この登記簿記入はこの種仮処分の執行々為自体にほかならないと解すべきであるから、この仮処分の取消判決の執行は、逆に右仮処分登記の抹消登記なすこととなるわけである。これに対し、仮処分決定の送達がこの種仮処分の執行であつて、仮処分登記は単なる公示手段ないしは対抗要件にすぎないとする見解は当裁判所の採用しないところである。しかして、この仮処分の取消の執行は執行裁判所の登記嘱託が登記官によつて受理され仮処分登記の抹消登記が登記簿に記入された時をもつて終了し、執行手続は完結するとみるべきである。

従つてこれ以後右取消判決の執行の停止を求め、或いは既になされた執行処分の取消を求める余地はもはや存しないのであつて、仮処分の執行は取消されて執行処分皆無の状態であるから、仮処分債権者としては、仮処分取消判決を更に取消す判決を得た上で、これに基づき改めて仮処分の執行を求めるほかないのである。これを仮処分債務者の立場からいえば、自己に対して発せられた不動産処分禁止の仮処分命令に対して異議を申立て、勝訴判決を得てその仮執行宣言に基づき仮処分登記を抹消した以上仮処分命令の拘束を完全に脱し、以後該不動産を仮処分債権者に対する関係においても有効に処分し得る地位を回復するわけである。

以上は単なる理論的帰結たるに止まらず、当裁判所における長年の実務上の取扱いでもあつてこのことはたとえば仮処分の仮執行宣言付取消判決に対し仮処分債権者から控訴がなされた結果、第一審の取消判決を取消す旨の判決がなされ、仮処分債権者から改めて仮処分の執行を求められた場合に抹消した仮処分登記の回復登記の方法によらず、新たな仮処分記入登記を嘱託することをもつて、その執行となしていることとも理論上実務上の考え方を一にしているのである。このような解釈と取扱は係争不動産を巡る仮処分当事者間の利害と取引安全の要請との調和をはかろうと努力して考え出されてきたもので、実務的慣行として事件の当事者の尊重遵守するところとなつている。このような事実からしても、今この取扱を改めるには、保全訴訟制度の目的に照し、よつて得られる法解釈上の進歩、取引上の要請に応える成果を十分吟味し、取扱上の混乱を起さないよう慎重な配慮のうえなされるべきである。ところで仮執行宣言付仮処分取消判決に対する執行停止命令について、所論の如き解釈をとり申請の趣旨のような効果を認めることは現行仮処分制度の運用上仮処分債権者の地位を著しく強化し、異議手続を無意味のものに帰せしめる恐れが多分にあり、たやすく採用できないところである。

ところで、本件においては前述したように、本件執行停止命令正本が当裁判所に提出される以前に既に仮処分登記の抹消登記がされているのであるから、以上述べたところから明らかな如く、もはや執行の停止は勿論その取消もこれをなすに由ないものである。

よつて本件申請を却下し、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 長井澄 清水悠爾 小長光馨一)

(別紙)

申請の趣旨

右当事者間の御庁昭和四二年(モ)第二四九五二号仮処分決定に対する異議事件に付御庁が昭和四三年八月二四日言渡した仮執行宣言付仮処分取消判決の執行による右仮処分の取消は更に之を取消す。

との御裁判を求む。

申請の理由

一、申立人は被申立人に対する御庁昭和四二年(モ)第二四九五二号仮処分決定に対する異議事件について昭和四三年八月二四日仮執行宣言付仮処分取消判決を言渡し其執行方法として右仮処分の決定を取消し且つ之が登記嘱託を為され右仮処分登記は抹消せらるるに至つた。

二、申立人は右判決に対し控訴の申立を為し且つ右仮執行の停止を求めた処東京高等裁判所第七民事部に於て数日間に亘つて慎重なる審理を遂げられ本年八月二六日申立人より提出の疏明書類等によつて既に御庁に於て右仮処分を取消し且つ所轄登記所に於て仮処分登記が抹消せられて居る事実を確認し申立人申請にかかわる昭和四三年(ウ)第八四〇号執行停止決定を為さるるに至つた。

而して其意味する処は法務省民事局とも打合の上右停止決定によつて既になされた仮処分の取消は更に之を取消し得るものなりとの見解によつたものであるから別紙執行停止決定正本及供託証明書相添え申請趣旨の如き裁判を求めるものである。

三、仮処分が本件処分禁止の仮処分の如く其目的が債務者に対し一定の作為を禁止する事即ち一定の不作為義務を課する場合其本質は仮処分による不作為義務の設定である。従つて右仮処分命令を取消す旨の仮執行宣言付判決の効力は右不作為義務の一応の解除であつて仮処分債務者は右不作為義務の拘束から一時的に解放されるのである。併しながら右仮執行宣言付判決に対し控訴が提起せられ控訴審に於て其仮執行が停止せらるるに至つた時は例え原判決正本に基き仮処分の抹消登記が為された後であつても仮処分債務者の一旦解除せられた不作為義務は復活し其拘束状態が再び出現して来る筋合である。

要するにこの種仮処分による不作為義務の設定が観念的のものである関係上其解除も従つて亦其解除の停止も何れも観念的な効果をもたらすだけであつて其為め仮処分取消判決後と雖右判決の執行停止を為すの余地を存し得るものと謂わねばならぬ。結局前述の様な仮処分に於ては其仮処分取消の仮執行宣言付判決に対し控訴が提起せられ原判決の仮執行の効力を阻止する為め執行停止の申請があつた時は控訴裁判所としては原判決の仮執行により債務者に対する仮処分が取消される以前たると否とを問わず右申請が民事訴訟法第五一二条の要件が具備するものとして之が執行停止の決定を為したる以上之に基き既に取消された仮処分の抹消登記を更に抹消する事は理論上差支ないものと思料し本件申立に及んだ次第である。

(昭和三五年九月三十日名古屋高裁一部決定昭和三十五年(ラ)第一三六号高裁民事十三巻七号六八一頁参照)

疏明方法〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例